自らも起業家であり、多くの企業や政府機関のアドバイザーを務めてきたピニェイロ氏は、著書のなかでデザインの歴史やビジネスにおける役割を振り返り、リーン・スタートアップとデザイン思考のコンセプトを掘り下げて、これらを統合することの必要性を説いております。本講演も「Design Thinking gets Lean / デザイン思考とリーン・スタートアップの統合」と題して行われました。
ピニェイロ氏は冒頭でまず、デザイン思考で大事なことは手法ではなく「態度・マインド」であり、デザイン思考の価値も、問題解決だけではなく、人間を好ましい挙動や態度に向かわせることにあると述べました。ところが現在では、サービスを提供する多くの現場で、大勢の人間に同じ方向を向かせて均一に扱う大工場のようなしくみが通用してしまっており、これは産業革命以来の大量生産システムに起因することでもあり、人々からクリエイティビティを失わせてしまう原因にもなった。しかし、サービスという概念の起源は、個人個人の行動と存在にこそ価値があると考えて他者に共感し尊重することである。この視点に立ち返ることが必要であり、Empathy(共感)、Collaboration(共創)、Experimentation(実験)この三つを掛け合わせた中心に位置するものがデザイン思考であると提唱しました。
続いては本題となる、デザイン思考とリーン・スタートアップを通したサービス創出の話に移りました。ピニェイロ氏は、デザイン思考だけではなく、リーン・スタートアップに関しても数多くの見識を述べられた方ですが、氏はここで、リーン・スタートアップが陥りやすい罠として、検証によって得られた成果に基づいてプロセスを踏むため、実利だけを重視する一部のアーリーエヴァンジェリストに、仮説を当てはめて気に入ってもらえるまでMVP(実用最小限の製品)を繰り返しつくるだけのプロセスになりがちがあることを指摘し、そのMVPに代わってMVS(有益最小限のサービス)というコンセプトを提示し、仮説検証の前にはまず、人間がどういう行動をしているのかを深く知り聞き出して共感することと、社会全体のエコシステムへの配慮にまで視点を広げたうえで、人間にとって本当に有益で受容されうるものは何かを考えていくことの大切さを訴えました。つまり、デザイン思考は態度、リーン・スタートアップは成果主義にそれぞれ基づいているので、両方を併用することで始めて良い結果を出せるということであり、Build-Measure-LearnのサイクルによるリーンUXデザインの原理と、Discover・Define・Develop・Deliverというデザイン思考の4つの原理の双方を組み合わせた新しいモデルを図示して提唱しました。
また、ピニェイロ氏は聴衆に対して、製品・サービスは、製造と販売だけの論理で考えず、製品・サービス提供した後のEngagement(関係性)構築により多く投資していくべきであること。最後に、デザイナーはActivistたれ、企業家精神を持つべきとの強いメッセージを訴えて講演を締めくくりました。
デザイン思考、リーン・スタートアップともに手法を説明した資料は、日本にも広く普及しておりますが、本当に大事なのは態度やマインドセットの部分なので、実践しただけですぐ定着するものではないことは、サービスデザインを実践する多くの人が実感されている点だと思います。そして、良いサービスを生むためには、ユーザーつまり人間はもちろんですが、ビジネスと社会全体を見通す広い視点が必要であることを改めて多くの方が実感した会であったと思います。
Share your thoughts
0 RepliesPlease login to comment